Digest — 犬に関する研究の記録 BC 特集 / No.002
Monograph 002/ BC 特集/ 2026.08.25

「ワーキングタイプ」と「ショードッグタイプ」、その違いの正体に迫る

見た目か、仕事か——半世紀にわたる協会間の対立

Specimen
原著論文
Genomic evidence for behavioral adaptation of herding dogs 著者 Hankyeol Jeong, Elaine A. Ostrander, Jaemin Kim
所属 慶尚国立大学(韓国)/ 米国立衛生研究所・国立ヒトゲノム研究所(米国)
掲載誌 Science Advances, Vol. 11, eadp4591 (2025年4月・査読あり) DOI 10.1126/sciadv.adp4591 →

ドッグランに行ったりすると、わが子とは別のボーダーコリーに出会うことがありますよね。色んなボーダーを見ていると、「この子はうちの子よりも動けるなぁ」だとか「こっちの子は体ががっしりしてて、性格も落ち着いてるなぁ」なんてふと思ったりするものです。そんな時、飼い主さん同士の会話では、「ディスクをやりたかったんで、ワーキングタイプをお迎えしました!」だとか、「ショータイプなんで結構大きいんですよ」なんて話になったりします。

「ワーキングタイプ」と「ショードッグタイプ」。同じボーダーコリーなのに、私たちは当たり前のようにこの2つを呼び分けています。でもこの2語の裏には、半世紀にわたる争いと、それを「犬種への裏切りだ」と言って法廷にまで持ち込んだ人たちの記録があります。そして2025年、一本の論文が、その争いに遺伝子からの最初の手がかりを差し出しました。

§ 01

仕事は、遺伝子に書かれている

まず、ボーダーコリーの「仕事」がどれほど体に染み込んだものか、という話から始めます。

家畜をじっと見つめ(アイ)、回り込み、追い、群れをひとつにまとめる——牧羊犬のこうした一連の動きは、訓練で仕込むよりずっと手前、生まれつきの傾向として現れます。では、その傾向はどこから来るのか。

2025年、韓国とアメリカの研究チームがScience Advances誌に発表した論文が、ここに踏み込みました。ボーダーコリーを含む12の牧畜犬種(計101頭)それぞれのゲノムを91の非牧畜犬種と比較して"選択"の候補となる遺伝子を洗い出し、さらに4つの代表的な非牧畜犬種(計104頭)と照合して犬種特有ではない非特異的なシグナルを除いたところ、471個もの遺伝子が、2犬種以上の牧畜犬で共通して選択されていることが分かったのです。偶然ではとても説明がつかない数で、しかもそれらは社会的なやり取りや認知機能に関わる経路に偏って集まっていました。

つまり、「家畜を追い、まとめる」という仕事の適性は、世代をかけた選抜によって、ゲノムの中に具体的に刻み込まれてきた——ここが出発点です。

§ 02

「見た目のための犬」への抵抗

Border's調査 — 原著論文には含まれない

ここからしばらく、論文を離れます。以下は、Border'sが史料をあたって再構成した、この犬種をめぐる人間たちの争いの記録です。

ボーダーコリーは長いあいだ、「どう動けるか」だけで評価されてきた犬でした。英国のISDS註1も、米国のABCA註2も、登録の基準は牧羊能力。見た目は問わない。そこには一貫した信念がありました——「仕事の能力を伸ばす以外の目的で繁殖を選抜すれば、その能力は必ず薄まる」。

この信念が最初に揺さぶられたのが、英国でした。1976年、The Kennel Club(KC)註3がボーダーコリーを公認犬種として登録します。KCは容姿を審査するショーの本山。公認は、初めて「見た目の基準」でこの犬を選ぶ道を開くことを意味しました。当時、英国のボーダーコリーは全頭がISDS登録。協会の内部は割れ、多くの人がこの合意を「犬種への裏切り」と受け止めました。それでも、合意は押し通されました註4。

そして18年後、同じ争いが、より激しい形でアメリカで再演されます。

1994年12月、AKC(American Kennel Club)註5の理事会が、9対3でボーダーコリーの公認を可決したと報じられています。作業犬を守る立場のUSBCC註6を中心に、飼い主たちは猛反発します。彼らは全米から寄付を集めた「Border Collie Defense Fund(ボーダーコリー防衛基金)」を原資に、公認の取り消し、あるいは少なくとも「ショー用の犬は別の名前で呼べ——本物の牧羊犬と混同するな」と求めて、法的手段に打って出ました。

このとき反対派の中心にいた作家で羊飼いのDonald McCaigは、こう言い切っています。「ボーダーコリーの飼い主・ブリーダーの大多数は、ショーリングと関わりたくないのだ」と。同じ懸念は、法廷の外、研究室からも発せられていました。当時、数少ないボーダーコリーの遺伝子研究者の一人だった、UCバークレーの遺伝学者Jasper Rineです。彼は新聞の取材にこう警告しています。「容姿基準の導入につながるような繁殖方針の変化は、この犬種特有の行動能力を深刻な遺伝的危機にさらすことになるだろう」。

しかし、流れは止まりませんでした。AKCは、作業犬団体の抵抗を避けるように、ペット飼い主中心の小さなクラブを公式の犬種クラブへと格上げして、公認を押し通します。そして1996年5月20日、防衛基金による法廷闘争は断念されました——USBCC側の説明では、本案の是非とは無関係な事情によるものだったといいます。いずれにせよAKC公認は、覆りませんでした。

作業犬側の抵抗は、今も続いています。ABCAは現在も、自らの登録犬がAKCなどの容姿チャンピオンのタイトルを取った場合、牧羊能力に一切関係なく、その犬の登録を抹消します。見た目のために勝った犬は、もう作業犬ではない——そう言わんばかりの、静かで頑ななルールです。

§ 03

DNAが示したこと

論文に戻ります。牧羊家たちが半世紀恐れてきた「ワーキングとショーの分岐」は、DNAレベルで本当に起きているのか。研究チームは、ここに答えを出しました。

鍵になったのが「EPHB1」という遺伝子です。ボーダーコリーで突出した選択のシグナルを示した遺伝子で、脳の神経回路の配線や空間記憶に関わることが知られています。この遺伝子には、DNA配列のわずかな違いによる"型"がいくつも存在し、どの型を持つかは犬によって異なります。そして、そのある1つの型の頻度が——

Plate 1Border's Digest 作図 — data: Jeong et al., 2025

EPHB1の"型"の頻度比較(ボーダーコリーの血統別)

ワーキングタイプのボーダーコリーn=50
84%
ショードッグタイプのボーダーコリーn=9
22%
エンテルブッハー・マウンテン・ドッグ註7別系統の牧畜犬
63%
非牧畜犬種対照群
ほぼ 0%

註 EPHB1遺伝子内の57kb領域に存在する型のうち、最も分布の差が大きかった1つの型(原論文では「ハプロタイプ1」と表記)の頻度。数値は原論文に基づく。

ワーキングタイプでは84%、ショードッグタイプでは22%。同じボーダーコリーの中で、これほど大きな差がついていた。牧羊家たちが「別の犬になっていく」と案じた分岐は、少なくともこの遺伝子座では、はっきりと数字に表れていたのです。

ただし、ここは冷静に見る必要があります。この比較のショードッグ側は、わずか9頭のサンプルに基づいています。数字のインパクトに対して、土台はまだ小さい。著者ら自身も、ゲノム上に選択の痕跡が見つかったことは「示唆的」であって「決定的」ではないと明言しています。

それでも、この型が"飾り"でないことを示す傍証もありました。飼い主報告による大規模行動データベース「Darwin's Ark」(2,155頭分)と照らすと、この型を持つ犬は、持たない犬に比べて「物を追いかけ、咬みついて遊ぶ」行動が有意に多かった。ボールやフリスビーに夢中になるあの姿の奥に、この一点のDNAの違いが働いているのかもしれません。

§ 04

恐れは、当たっていたのか

論文には、もう一つ気になる発見がありました。ワーキングとショーを分けていたのはEPHB1だけではなく、頭の形など骨格の発達に関わるMSX1・RUNX2という遺伝子も、両者を有意に分けていたのです。

研究チームは断定を避けつつ、こう指摘します——"見た目"を基準に選ばれてきたショードッグタイプは、外見だけでなく、気質までもワーキングタイプとは異なる方向へ、知らず知らずのうちに選択されてきた可能性がある、と。

これは、まさにISDSやABCAが半世紀前から恐れてきたことそのものです。見た目のための繁殖は、見た目だけでは終わらない。その裏で、仕事に必要な何かが一緒に削られていく——。

もちろん、この論文は「牧羊家たちが正しかった」と証明したわけではありません。サンプルは小さく、示された関係は相関にとどまり、遺伝子と行動を直接結ぶ実験もまだ行われていません。それでも、あの争いから数十年を経て、彼らが法廷でまで守ろうとした分岐が、DNAレベルで実在するという最初の手がかりが、いま差し出されたことは確かです。

そして——覚えているでしょうか。あの90年代、新聞紙上で警告を発していた遺伝学者Jasper Rine。彼の当時の共同研究者Elaine Ostranderこそが、この2025年の論文の著者その人でした。争いの時代に投げかけられた問いが、30年後、同じ研究者の手で答えに近づいた——そう考えると、この一本の論文には、ただのデータ以上の重みがあるように思えます。

Border's Take — 編集手記

ドッグランで「うちはワーキング」「うちはショーなんです」と交わされる、あの何気ない一言。その言葉には、半世紀以上にわたる人間の選択と、それをめぐって本気で争った人たちの記録が、静かに折り畳まれています。

正直に言えば、この論文が明かしたことは、まだ「手がかり」の域を出ません。あなたの目の前の犬が本当にどちらの気質を持つのかは、9頭のサンプルでも、一つの遺伝子の型でもなく、結局はその子自身を毎日よく見ることでしか分かりません。

それでも——羊を追いたがるその仕草の奥に、これだけの歴史と、これだけの人間の願いと恐れが働いているのだと思うと、いつものドッグランの風景が、少しだけ違って見えてくる気がします。

Border's
出典