Digest — 犬に関する研究の記録 BC 特集 / No.001
Monograph 001/ BC 特集/ 2026.08.08

ボーダーコリーは本当に「世界一賢い」のか——13犬種・1,002頭が出した答え

知ってるようで、実はよく知らない話

Specimen
原著論文
Breed differences in social cognition, inhibitory control, and spatial problem-solving ability in the domestic dog (Canis familiaris) 著者 Saara Junttila, Anna Valros, Katariina Mäki, Heli Väätäjä, Elisa Reunanen, Katriina Tiira
所属 ヘルシンキ大学 / smartDOG Ltd(フィンランド)
掲載誌 Scientific Reports, Vol. 12, 22529 (2022年12月・査読あり) DOI 10.1038/s41598-022-26991-5 →

ボーダーコリーについて調べていると、「世界一賢い犬種」「知能は人間の○歳に匹敵する」という言葉によく出会います。よく見かける話ですが、いざその"根拠"を聞かれたら、案外答えられないのではないでしょうか。

辿っていくと、この評判には性質の異なる複数の話が積み重なっていました。そして2022年、フィンランドの研究チームが13犬種・1,002頭を対象に行った統制テストが、ようやく具体的な答えを出しています。

§ 01

「賢い」評判の、三つの根拠

Border's調査 — 原著論文には含まれない

さて、ボーダーコリーはなぜ「世界一賢い犬種」と言われるのでしょうか?以下は、Border'sが史料をあたって再構成した内容です。

一つ目は、心理学者Stanley Corenが1994年の著書で発表した犬種ランキング註1。北米のオビディエンス(服従訓練競技)審査員199人に「この犬種は新しいコマンドを何回の反復で覚えるか」をアンケートし、集計したものです。ボーダーコリーはこの部門で1位でした。ただしこれは犬を実験室で測定した結果ではなく、人間の観察者による主観的な評価です。

二つ目は、個体を対象にした本格的な認知科学の研究です。2004年、Science誌に発表されたボーダーコリーRicoは、200個以上のおもちゃの名前を覚え、初めて聞く単語でも「知らない名前=今日出てきた新しいおもちゃ」と推測で選び取る力を示しました。2011年には、同じくボーダーコリーのChaserが1,000個以上の物の名前を記憶していたことも報告されています。ただしこれらは、特別な訓練を受けた1頭ずつの記録であり、犬種全体の傾向を示すものではありません。

そして三つ目は、2009年にアメリカ心理学会で発表された、「犬は人間の2〜2.5歳児に匹敵する知能を持つ」という主張です註2。実はこれが、俗説の核心部分でした。理解できる語彙数は平均165語、上位20%の"優秀な犬"で250語というのがこの主張の骨子で、その250語という数字の裏付けとして、先述のRicoの事例が引用されています。つまりこの主張は本来、犬種を問わず"犬全般"についてのものなのに、いつの間にか「ボーダーコリーは2歳児並み」という形で流通してしまったようです。

ちなみに、Coren自身は別の調査で、飼い主本人に「自分の犬の知能は人間の何歳くらいだと思うか」を直接尋ねてもいます。結果、もっとも多かった回答は3〜5歳。4人に1人以上が6歳以上と答え、20人に1人は16歳以上と回答していました。ネットでときどき見かける「5歳」「7歳」といった、科学的な数字より高めの主張は、測定ではなくこちらの——飼い主の主観的な印象を集めた——調査に由来している可能性が高そうです。

性質の異なる話が積み重なって生まれた評判——それが「世界一賢い犬種」の中身でした。そして近年、この評判を実際に検証できるだけの、犬種を横断した大規模な統制テストが登場し始めています。今回紹介するのは、その代表例です。

§ 02

smartDOG™という認知テスト

論文に戻ります。2022年、ヘルシンキ大学とsmartDOG社の研究チームが発表した論文が、この評判を検証する材料になりました。研究チームの目的は、犬種間の認知的な違いを個々の犬種レベルで明らかにすることでした。これまでの研究の多くは犬種を"グループ"単位で比較しており、個々の犬種ごとのデータはまだ乏しかったからです。そこで使われたのが「smartDOG™」という、フィンランドで実際に申し込める商用の認知テストのデータです註3。研究チームの一人である行動学研究者Katriina Tiira氏が既存の科学論文をもとに開発したプログラムで、2016年から専門テスターによって実施されてきました。

面白いのは、これが研究専用のツールではなく、飼い主が実際に自分の犬を連れて申し込める点です。smartDOG™にはいくつかのテスト商品がありますが、成犬にまず勧められる、もっとも包括的な「COGNITIONテスト」は、自己抑制・問題解決の主戦略・忍耐力・人間の身振りを読む力・難問解決力を測るテストです。受験すると、smartDOG™ のデータベース上で「自分の犬が、同じ犬種の平均や全犬種平均と比べてどの位置にいるか」を確認できます。犬種の評判をなぞるのではなく、目の前のその子を実際に測る仕組みです。アジリティやオビディエンスなどボーダーコリーの能力を伸ばそうとしている飼い主にとっては、有用な選択肢になり得ます。ただし現状、ライセンステスターはフィンランドに13名、イタリアに1名のみで、日本での受験はできません。

今回取り上げる2022年の研究論文は、この商用テストの元になっているデータベースを使ったものです。研究チームは、2016〜2022年に蓄積されたデータの中から、1犬種あたり40頭以上のデータが揃った13犬種と雑種犬、合計1,002頭分(ボーダーコリーは106頭)を解析対象としました。テストは全部で10種目。7つが純粋な認知能力を、残り3つが気質・行動傾向を測ります。

Plate 1Border's Digest 作表 — data: Junttila et al., 2022

smartDOG™の10種目

テスト分類測定する特性概要
挨拶気質見知らぬ人への挨拶行動初対面のテスターへの反応を1〜7段階で評価
活動レベル気質テスト中の活動レベル加速度センサーで、テスト全体の平均活動量を測定
探索気質新奇環境の探索行動初めての部屋での最初の数分間の行動を1〜5段階で評価
シリンダー課題認知抑制制御、衝動性透明な円筒内の食べ物に直接手を伸ばす反応を抑え、回り込んで到達できるかを見る
ジェスチャー課題認知社会的認知、人間の合図の理解人が指さしや視線など5種類の身振りで、餌の入った容器を示す
V字迂回課題認知抑制制御、空間的問題解決V字型の柵を回り込んで、餌にたどり着けるかを見る
解決不能課題認知援助希求行動、持続性見えるが取り出せない餌を前に、人への働きかけ・自力解決・放棄のどれを選ぶか見る
論理的推論認知排除に基づく推論2つの器の一方が空だと見せ、餌はもう一方だと推論できるかを見る
記憶 vs 身振り認知社会的認知餌を入れた器を記憶させた後、空の器を身振りで示し、記憶と身振りのどちらを信じるか見る
記憶認知空間的短期記憶3つの器のうち1つに隠した餌の場所を、1〜2.5分の遅延後も覚えていられるかを見る

 分類は7つの純粋な認知テスト(認知)と、3つの気質・行動傾向テスト(気質)の別。データは原論文Table 2に基づく。

この10種目についてボーダーコリー(106頭)の成績を見ていくと、際立って良かった項目と、他の犬種と変わらなかった項目が、はっきり分かれました。

§ 03

差が出た場所、出なかった場所

Plate 2Border's Digest 作表 — data: Junttila et al., 2022

smartDOG™10種目における、ボーダーコリーの成績

テスト位置づけ成績の内容
シリンダー課題優れていた雑種犬と並び全犬種中もっとも高い正答率(約80%)。対照犬種との差はもっとも強い有意水準
V字迂回課題優れていた対照犬種のラブラドール・レトリバーより有意に速く解決(p=0.01)
解決不能課題優れていたオーストラリアン・ケルピー、ゴールデン・レトリバー、オーストラリアン・シェパードと並び、人への働きかけにもっとも長い時間を費やした(対照犬種との有意差が確認されたのはケルピーとゴールデン・レトリバーのみ)
挨拶平均的だった犬種差はあったが、ボーダーコリーが際立って高い・低いという結果ではなかった
活動レベル平均的だった同上
探索平均的だった同上
ジェスチャー課題平均的だった正答率は中位からやや上位。対照犬種よりわずかに高い程度
記憶 vs 身振り平均的だった犬種差はあったが、ボーダーコリーが際立った位置にいたという記載はなし
論理的推論差がなかった13犬種+雑種犬すべてで有意差なし。ボーダーコリーも例外ではない
記憶差がなかった同上

 対照犬種はラブラドール・レトリバー(n=163)。ボーダーコリーが対照犬種より有意に劣っていたという報告はない。

10種目のうち、犬種間で統計的に意味のある差が見られたのは8種目。残る2種目——「論理的推論」と「記憶」——では、13犬種+雑種犬のすべてを含め、犬種による差はまったく見られませんでした。「記憶力がいい」「頭の回転が速い」といった、漠然と"賢さ"としてイメージされがちな能力は、そもそもどの犬種も大きくは変わらなかったということです。

差が出た8種目のうち、ボーダーコリーが際立った成績を見せたのは3種目です。透明な円筒の中の食べ物に直接手を伸ばしたい衝動を抑える「シリンダー課題」では、雑種犬と並んでもっとも高い正答率を記録。V字型の柵を回り込む「V字迂回課題」では、対照犬種のラブラドール・レトリバーより有意に速く解決していました。あえて開かない箱を渡す「解決不能課題」では、自力での解決が難しいと判断すると人に助けを求める時間が、オーストラリアン・ケルピー、ゴールデン・レトリバー、オーストラリアン・シェパードと並んで長い犬種の一つでした。

残る5種目——挨拶、活動レベル、探索、ジェスチャー課題、記憶 vs 身振り——では、犬種間に差はあったものの、ボーダーコリーが際立って高い、あるいは低いという結果ではありませんでした。たとえばジェスチャー課題の正答率は、対照犬種よりわずかに高い程度の、中位からやや上位。優れているとも劣っているとも言えない、ごく平均的な成績です。

「なんでも賢い」というより、「得意な領域がはっきりしている」というのが、このデータからの率直な読み方です。

§ 04

衝動を抑える力と、万能ではないという事実

この結果は、牧羊犬という仕事の中身を考えると理にかなっています。羊を追い、誘導するには、獲物を「見つめ、忍び寄り、追いかける」という捕食本能そのものは必要です。しかし同時に、その本能の最後の一歩——実際に飛びかかり、咬みついてしまう衝動——は、人間の合図があるまで抑え続けなければなりません。追いたい気持ちと、待てという合図。この綱引きに日常的にさらされてきた犬種ほど、衝動を抑える力が強く育っている可能性がある、と論文の著者らは考察しています。

興味深いのが、同じシリンダー課題で下位になった犬種です。ベルジアン・シェパード・マリノアとジャーマン・シェパード——どちらも警察犬・軍用犬として広く採用されている犬種です。警察犬・軍用犬に求められるのは、指示に一瞬で反応する即応性。一方ボーダーコリーに求められてきたのは、衝動を抑え、合図を待つ力。同じ「人間から仕事を任された犬種」でありながら、選抜されてきた資質はほぼ真逆だったことになります註4

ただし、大事な留保があります。ボーダーコリーが際立ったのは、あくまで「衝動を抑える力」「空間的な問題解決の速さ」「人への働きかけ」という特定の能力に限られていました。記憶や論理的推論では、他の犬種と際立った差はありません。「なんでも賢い」わけではないのです。

著者らも論文の中で釘を刺しています。今回の対象犬は、ドッグスポーツに積極的に取り組む飼い主のもとで暮らす犬が中心で、犬全体を代表するサンプルではありません。犬種間の違いが遺伝的な要因によるものか、訓練や生活経験の違いによるものかも、この研究だけでは完全に切り分けられていません。それでも、参加犬の多くが似たような環境で育っていたにもかかわらず、これだけ明確な犬種差が見えてきたこと自体が、注目に値すると著者らは述べています。

Border's Take — 編集手記

「ボーダーコリーは賢い」と言うとき、私たちは知らず知らずのうちに「なんでもできる」という意味で使っていた気がします。でも1,002頭のデータが示したのは、記憶力や論理推論では他の犬種と大差ないという、少し拍子抜けする事実でした。

本当に際立っていたのは、衝動を抑える力と、目の前の課題への空間的な工夫という、牧羊という仕事に直結したごく具体的な能力です。「賢いから」で片付けず、「何が得意なのか」で見る。それだけで、アジリティやオビディエンスへの取り組み方が、少し変わって見えてくる気がします。

ただしこのデータ、集まったのはドッグスポーツに熱心な飼い主の犬たちです。とはいえ、目の前のわが子がどんな子なのかは、日々の関わりの中で見えてくるものも多いはず。smartDOG™のようなテストは、そこに"賢い犬種"というラベルの代わりに、もう一つの物差しを添えてくれる——そんなツールなのだと思います。今はまだ日本で受けられませんが、いつかこちらでも受けられる日を楽しみにしています。

Border's
出典