さて、ボーダーコリーはなぜ「世界一賢い犬種」と言われるのでしょうか?以下は、Border'sが史料をあたって再構成した内容です。
一つ目は、心理学者Stanley Corenが1994年の著書で発表した犬種ランキング註1。北米のオビディエンス(服従訓練競技)審査員199人に「この犬種は新しいコマンドを何回の反復で覚えるか」をアンケートし、集計したものです。ボーダーコリーはこの部門で1位でした。ただしこれは犬を実験室で測定した結果ではなく、人間の観察者による主観的な評価です。
二つ目は、個体を対象にした本格的な認知科学の研究です。2004年、Science誌に発表されたボーダーコリーRicoは、200個以上のおもちゃの名前を覚え、初めて聞く単語でも「知らない名前=今日出てきた新しいおもちゃ」と推測で選び取る力を示しました。2011年には、同じくボーダーコリーのChaserが1,000個以上の物の名前を記憶していたことも報告されています。ただしこれらは、特別な訓練を受けた1頭ずつの記録であり、犬種全体の傾向を示すものではありません。
そして三つ目は、2009年にアメリカ心理学会で発表された、「犬は人間の2〜2.5歳児に匹敵する知能を持つ」という主張です註2。実はこれが、俗説の核心部分でした。理解できる語彙数は平均165語、上位20%の"優秀な犬"で250語というのがこの主張の骨子で、その250語という数字の裏付けとして、先述のRicoの事例が引用されています。つまりこの主張は本来、犬種を問わず"犬全般"についてのものなのに、いつの間にか「ボーダーコリーは2歳児並み」という形で流通してしまったようです。
ちなみに、Coren自身は別の調査で、飼い主本人に「自分の犬の知能は人間の何歳くらいだと思うか」を直接尋ねてもいます。結果、もっとも多かった回答は3〜5歳。4人に1人以上が6歳以上と答え、20人に1人は16歳以上と回答していました。ネットでときどき見かける「5歳」「7歳」といった、科学的な数字より高めの主張は、測定ではなくこちらの——飼い主の主観的な印象を集めた——調査に由来している可能性が高そうです。
性質の異なる話が積み重なって生まれた評判——それが「世界一賢い犬種」の中身でした。そして近年、この評判を実際に検証できるだけの、犬種を横断した大規模な統制テストが登場し始めています。今回紹介するのは、その代表例です。